花の終わった胡蝶蘭の花茎に、小さな葉がぴょこんと出ているのを見つけたことはありませんか。

こんにちは、Orchid Odysseyのエリザベスです。
あれは高芽(ケイキ)と呼ばれる子株で、じっくり育てればもう一鉢に増やせます。
ただ胡蝶蘭は、観葉植物のように株分けでどんどん増える植物ではありません。
家庭でできる現実的な増やし方と、切り離すタイミングの見きわめ方をお話しします。

胡蝶蘭は株分けで増やせるのか

「大きくなったから株分けしたい」というご相談をよくいただきます。
残念ながら、胡蝶蘭に関してはその発想がそのまま通用しません。

わき芽が出にくい「単茎性」という性質

胡蝶蘭は、1本の茎が上へ上へと伸びていく単茎性の蘭です。
シンビジウムやデンドロビウムのように株元がいくつにも分かれることがなく、生長点は基本的にひとつしかありません。

NHK出版のみんなの趣味の園芸「コチョウランの育て方」でも、「わき芽をあまり吹かず、ふやしにくい種類です」と説明されています。
まれに株元から子株が顔を出すこともありますが、それは狙って起こせるものではありません。
私の温室でも、数十鉢のうち年に1株あるかどうかです。

挿し木や葉挿しでは増えない理由

多肉植物や観葉植物の感覚で、茎を切って挿したり、葉を土に伏せたりしても胡蝶蘭は増えません。
生長点を持たない部分から新しい芽が立ち上がる仕組みを、この植物は持っていないからです。
切った茎はそのまま枯れ、親株には傷だけが残ります。

家庭で現実的な増やし方は高芽だけ

胡蝶蘭を増やす方法をひととおり並べると、家庭で手が届く範囲はかなり限られます。

増やし方どんな方法か家庭での現実性
株分け(わき芽)株元に出た子株を分けるわき芽自体がめったに出ない
高芽(ケイキ)花茎の節から出た子株を育てて独立させるいちばん現実的
胴切り伸びた茎を途中で切って2つに分ける上級者向け。親株を失う危険が大きい
実生(種まき)交配して種から育てる無菌播種の設備が必要
組織培養(メリクロン)生長点の組織から苗を量産する生産者の技術で家庭では不可

種から育てる世界のおもしろさについては、胡蝶蘭の交配:奇跡の創造で書きました。
ただ、あれは設備と根気の話です。
窓辺の一鉢から始められるのは、やはり高芽ということになります。

高芽(ケイキ)とはどんな芽なのか

高芽は、花茎の節から生まれてくる小さな子株です。
親株とまったく同じ遺伝子を持つ、いわば分身のような存在になります。

ハワイ語の「赤ちゃん」から名づけられた芽

ケイキ(keiki)はハワイ語で赤ちゃんを意味する言葉です。
米国蘭協会(American Orchid Society)のRemoving a Keikiによると、胡蝶蘭のほかバンダやデンドロビウム、カタセタムなども高芽で殖やしやすい仲間として挙げられています。
海外の愛好家の間では、高芽を交換し合う文化が根づいているほど身近な存在です。

高芽が出るのはどんなときか

高芽ができる条件は、実のところはっきりとは解明されていません。
親株が何らかの理由で生長を止めたときに、種を残そうとする本能が働いて花茎の節から芽を吹く、という説明がよく使われます。
一方で、宮川洋蘭の胡蝶蘭の増やし方では、高芽の育成は親株の自然な生長サイクルに沿った方法で、春から秋が育てるのに向いているとされています。

私自身の実感としては、弱った株よりも、花をたっぷり咲かせたあとに元気の残っている株のほうが高芽をつけやすい印象があります。
とはいえ狙って出せた試しはありません。
高芽は、待っていたら向こうからやってくるものだと思っています。

花芽・新根との見分け方

花茎から何かが出てきたとき、それが高芽なのか花芽なのかで対応はまったく変わります。

出てきたもの出る場所見た目の特徴
花芽葉の付け根や花茎の節先がとがり、平たいミトンのような形で伸びる
高芽花茎の節小さな葉が左右に展開し、やがて根も出る
新根株元や葉のあいだ先端が緑や黄緑の丸みを帯びた形で、葉はつかない

判断に迷ったら、2週間ほど様子を見てください。
葉らしい形が横に開いてくれば高芽、とがったまま伸び続けるなら花芽です。
慌てて切ってしまうのがいちばんもったいないので、ここは急がずに見守るところです。

高芽は親株につけたまま育てる

高芽を見つけた瞬間、切り離して植えたくなる気持ちはよく分かります。
私も最初の一株では我慢できず、根が2cmほどの高芽を外してしまい、そのまま枯らしました。

すぐ切り離してはいけない理由

高芽は独立するまで、親株から水と養分を受け取って育ちます。
自分で水を吸える根が十分に育つ前に切り離せば、行き場を失って干からびてしまいます。

お花の窓口の胡蝶蘭を増やす基本の手順では、葉が2〜3枚になり、根が5cm以上に伸びるまで数か月から1年近く待つよう案内されています。
体感でもそのくらいが妥当です。
花茎に子株がぶら下がったままの姿は不格好ですが、その不格好な期間こそが育つ時間になります。

高芽が育つあいだの置き場と水やり

高芽を育てている株は、親株の管理をそのまま丁寧にしておけば十分です。
宮川洋蘭では、昼間20〜25℃、夜間15〜18℃、湿度は50〜70%が目安とされています。
レースカーテン越しのやわらかな光が届く場所に置き、風通しを確保してください。

水やりは、これまでどおり植え込み材料が乾いてからたっぷりと。
高芽の根が空中に伸びている分だけ乾きやすいので、乾燥の強い季節は葉と根に軽く霧を吹いてあげると生育が安定します。

親株のケアを優先する

高芽が育っているあいだ、その花茎は絶対に切らないでください。
そして、親株が元気でなければ高芽も太りません。
KINCHO園芸のコチョウランの育て方にあるとおり、胡蝶蘭は10℃を下回ると生育が止まります。
冬をはさむ場合は、まず室温の確保が最優先です。

肥料は規定より薄めた液体肥料を、生育期に月に2〜3回ほど。
濃い肥料で急がせても、高芽が早く仕上がるわけではありません。

高芽を切り離して植え付ける手順

根が5cmを超え、葉が2〜3枚そろってきたら、いよいよ独立の時期です。

適期は春の終わりから初夏

みんなの趣味の園芸では、胡蝶蘭の植え替えの適期は5月上旬から6月下旬とされています。
高芽の切り離しも同じ時期に合わせるのがいちばん安全です。
気温が安定し、これから生育期に入るタイミングなら、多少根を傷めても株が自力で立て直してくれます。

真夏の高温期と、冬の低温期は避けてください。
秋に条件がそろってしまった場合は、無理に切らず翌春まで親株につけたまま越冬させるほうが結果は良くなります。

切り離しの手順

作業自体は10分ほどで終わります。
道具と手順だけ、先に頭に入れておきましょう。

  • ハサミは刃を火であぶるか消毒用アルコールで拭き、清潔にしておく
  • 高芽の上下1〜2cmの花茎を残して、花茎ごと切り取る
  • 高芽から伸びた根は絶対に折らない。太い根ほど折れやすいので手で支えながら作業する
  • 切り口には殺菌剤か木炭の粉を薄く塗る
  • そのまま数時間ほど風通しのよい場所で切り口を乾かす

花茎を上下に残すのは、切り口が子株の本体に近すぎると傷みが広がりやすいためです。
残した茎はいずれ自然に枯れ込むので、そのままにしておいて構いません。

水苔で植え付け、1週間は水を控える

鉢は2.5号から3号ほどの小さなものを選びます。
根の大きさに対して鉢が大きすぎると、水苔がいつまでも乾かず根腐れを招きます。

湿らせた新しい水苔で根をふんわり包み、押し込まずに鉢へ収めてください。
植え付けたあと1週間ほどは水やりを控え、直射日光の当たらない明るい日陰で養生させます。
切り口が乾ききる前に水を与えると、そこから雑菌が入ります。

2週間ほどして新しい根の先が動き出したら、通常の管理に戻して大丈夫です。

高芽が出ないときはどうするか

ここまで読んで、「うちの株には高芽なんて出たことがない」と思われた方も多いはずです。
それが普通です。

高芽は待つもので、出させるものではない

高芽が出るかどうかは偶然に左右される部分が大きく、確実に出させる方法は家庭にはありません。
海外ではケイキパストと呼ばれる植物ホルモン剤を花茎の節に塗る方法も知られていますが、株の体力を削る側面があります。
一鉢しか持っていない方には、私はおすすめしていません。

胴切りという方法もあります。
茎が伸びて複数の葉と根を持つ株なら試せますが、親株がそのまま枯れる危険が高い上級者向けの手段です。

二度咲きを狙う剪定が、高芽につながることもある

花が終わったあとの花茎の切り方によって、その後に出てくるものが変わります。
宮川洋蘭の花茎の切り方ガイドでは下から4〜5節目を残す方法が、幸福の胡蝶蘭屋さんでは下から2〜3節目の少し上でのカットが紹介されています。
節を残せば1〜2か月で新芽が動き、3〜5か月で二度咲きに届くという流れです。

このとき出てくる芽が花芽ではなく高芽になることがあります。
つまり二度咲きを狙った剪定は、結果として高芽の確率を上げる作業でもあります。

花が咲くまでの年数を知っておく

独立させた高芽が親株と同じように咲くまでには、早くても2〜3年かかります。
胡蝶蘭を増やす作業は、来年の花を期待する種類の楽しみではありません。

私の手元には、祖母の残した株から10年前に外した高芽があります。
最初の3年はほとんど大きくならず、正直あきらめかけていました。
それが今では毎年春に花を上げ、祖母の鉢とそっくりの花びらを見せてくれます。
増やすというより、受け継ぐ感覚に近いのだと思っています。

まとめ

胡蝶蘭を増やすときのポイントを整理します。

  • 胡蝶蘭は単茎性でわき芽が出にくく、一般的な株分けでは増やせない
  • 家庭で現実的な方法は、花茎の節から出る高芽(ケイキ)を育てること
  • 高芽は葉2〜3枚、根5cm以上になるまで親株につけたまま育てる
  • 切り離しの適期は5月上旬から6月下旬。清潔なハサミで上下1〜2cmの茎を残して切る
  • 小さな鉢に水苔で植え、1週間は水を控えて明るい日陰で養生させる
  • 開花までは2〜3年。急がず見守る覚悟で向き合う

高芽を見つけたら、まずは切らずに眺めてみてください。
親株が自分の分身を育てている姿は、蘭を育てていて出会える光景のなかでも、いちばん愛おしいもののひとつです。
その小さな葉が鉢いっぱいに育つころには、胡蝶蘭との付き合い方がすっかり変わっているはずです。